2013年1月23日水曜日

『吾輩は猫である』

漱石のデビュー作は、言うまでもなく『吾輩は猫である』だが、このときの漱石はまだ高浜虚子にすすめられて小説を書き始めたばかりの、駆け出しに過ぎなかった。当時はまだ漱石とも名乗っておらず、夏目金之助の名前で出している。

留学先のイギリスで神経衰弱に陥り、また帰国後に教え子、藤村操の入水自殺などもあって、この時期は漱石にとって精神的にかなり弱っている時期であった。それを和らげるために、気晴らしに書いたのが本作である。だから、別に文壇で名を馳せようとか、そんな野望もなければ、名作を書かなければならないという使命感もなかったであろうと思う。殆どお遊び程度のもので、内容も滑稽本的である。「何もしていないと鬱々としちゃうから、暇なときに書いてみました」という程度のものだったろう。

しかしそれでも文章のうまさ、語彙の豊富さや教養の深さはさすがというべきで、とても暇つぶしに書いたとは思えないほど知識教養であふれている。高浜虚子の手直しを受けて世に出した当初は一回きりの読み切りのつもりだったが、、これが好評で、結果的に連載となり、これだけの長さになったのである。

とはいえストーリーがきちんと構成されているわけでもなく、猫の目を借りた日記といった感じで、内容は単調で、はっきり言ってつまらない。また文学的な表現などもないので、そういう楽しみもない。それでこの長さであるから、読む方はうんざりである。これがあの世に有名な『吾輩は猫である』なのか?意外につまらんぞ?と言うことになりかねない本作ではあるが、よく読んでみれば漱石の虚無的な価値観や、飄々とした文体など、やはり片鱗を伺わせる所はある。

最後に、これを書いたのが漱石38歳の頃だったということも特筆すべきだろう。つまり38歳から49歳で死ぬまでの約10年間であれだけの功績を残したのである。漱石は大器晩成型、遅咲きの作家である。

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