2013年1月25日金曜日

『倫敦塔』


『倫敦塔』、読み方は「ロンドンとう」である。私は最初、恥ずかしながら読めなかった。実際に中身を読んでみてようやく、ああロンドンか、となったのである。

漱石がイギリス留学中、強度の神経衰弱にかかったのは有名な話だが、『倫敦塔』が書かれたのが多分実際に日本に帰国してからの事であろうから、倫敦塔を見物しにいったときの事を思い出しつつ書いたのだろう。倫敦塔を見物したときの漱石の空想がありありと描かれている。幽閉された逆賊、斧を振りかざす首切り役人、断頭台の露と消える女、こういう妄想を繰り返して目の前にありありと描く当時の心理状態は、やはりよほどの抑鬱状態にあったと見られる。そしてまた描き出される妄想の全てが悲劇的で、悲惨なものばかりなのである。倫敦塔という場所自体が恐らくそういう陰鬱な所だというのもあるだろうが、やはりそうした場所に何となく足を運んでしまうというのは精神的に鬱屈している証拠だろう。最初の部分に少しだけ、ロンドンでの生活における気苦労について書かれているが、そういう環境で培われた精神状態をこの倫敦塔に映し出したものだともいえる。

この作品は最後の方で宿の主に現実に引き戻され、また漱石自身の言葉で今まで書いてきた事が創作であったことが明かされる。一気に夢から覚めるような感じなのである。だがそこに至るまでの夢の部分の描写は素晴らしい。詩的な美しい言葉とリズムの良い文体で惹き付けられてしまう。鬱屈した精神状態にこそ美しい言葉が生み出せるのだとすれば、美とは悲と紙一重の感覚なのかもしれない。

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